日常

優しくなったということにしよう

朝からセミが鳴いている。

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セミ

いつもより声が大きいと思ったら、庭先の紅葉の木にとまっていた。

暑い中、ご苦労様。


小学生の頃は、素手でセミを捕まえられた。

でも今はできない。

なんでだろう?

知識が増えたからではない。

臆病になったからか?

いや、優しくなったということにしよう。

セミにとっては、捕まって自由を奪われないほうが幸せだろう。

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紅葉の木とセミ


人には、それぞれ好き嫌いや得意不得意がある。

虫が苦手な人もいる。


目の前に虫が現れると、


「キャー!」


と叫ぶ人も少なくない。

虫より、その声のほうにビックリさせられる。

しかも、「退治して」という無言の圧力まで飛んでくる。

昔は「ハエたたき」という頼もしい兵器があった。

今は追い払うだけでもひと苦労だ。

そういえば、「ルンバ」は虫も吸い取ってくれるのだろうか。

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セミ(休憩中)


虫の話は、このくらいにして。

苦手なものを、無理に克服する必要はない。

案外、周りに迷惑なんてかけていない。

得意なことで誰かの役に立てば、それで十分だ。


それなのに、


「頑張れ」

「克服しろ」

「そのままでは君のためにならない」


そんな言葉をかけてくる人がいる。

優しそうな顔をして。

その人は誰だろう。

……

一番厳しかったのは、

自分自身だった。

苦手なこと。


イヤなこと。


周りに合わせようと、頑張った。


我慢もしてきた。

でも最近は思う。

それ、できないけど何か?


自分の心に従って、生きてもいい。

これはワガママではない。

ワガママなのは、

「自分はこうしたい」

ではなく、

「あなたもこうしろ」

と言うことだ。

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いつかの公園


数年前の話である。

公園を歩いていると、すれ違いざまに女性が突然、


「キャー!」

周囲の怪訝そうな視線を感じ、私は思わず両手を上げて、

「シロです」

とジェスチャーした。


……犯人は私ではない。

犯人は、糸を垂らした毛虫君だ。

よりによって、このタイミングで降りてくるなよ。


今の自分にふさわしいか: これからの人生を整える小さな問い

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