「力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。」
フランスの哲学者パスカルの名言である(書籍:パンセ)。
力なき正義の辛さは、中間管理職あたりの役職の者は、痛いほどわかるだろう。
力がないと、正論を言っても相手にされない。
自分のやりたいように仕事を進めようとしても、力がないからやらせてもらえない。
勝手にやって上の方針と違えば、完膚無きまでに叩かれる。
それでやらないと、何も考えない無能な奴と言われる。
反対に、正義なき力は圧制(暴力)と言われるが、果たして、上司は力と正義を兼ね備えているか?
周りの上司を見ればわかる。
備えている者などほとんどいない。
権力を握った途端、やりたい放題だ。
正義など微塵もなく。
なぜか?
これまでの人生で「一番になったことがない」やつが多いからだ。
こういう人間は、権力を手に入れると、それを振りかざしたくなる。
初めて味わう権力に酔いしれて、自らの思うがままに。
そんな奴らの下に付く中間管理職、苦しくなるのは当然の話だ。
上に逆らえば、出世に影響する。
どんなに無茶で理不尽な命令であろうとも偉大なイエスマンにならなければならない。
一度逆らえば、「俺の目の黒いうちは」で、ずっと冷や飯を食わされる。
有能で人間的に優れた者が上になればいいが、真逆の上司につくと、モチベーションは下がり、心身ともに疲れ果てる。
そして、可愛がっている部下たちも馬鹿ではない。
「どちらの言っていること、やっていることが正しいか」など関係ない。
自分や家族のことを思えば、地位が上の者、勝ち馬に乗るのが当然の選択だ。
今の時代、意気に感じる者は、数えるほどしかいない。
それ故に、力のない中間管理職を長くやると、部下もバカにして、言いたい放題・やりたい放題の態度を取るようになる。
それに反応すると、簡単にセ・パ両リーグのハラスメントで訴えられる。
毎日、上と下の板挟みになり、自分のやりたい事はできず、いつもストレスをためた状態で、つまらない仕事するようになる。
仕事の給料は「我慢料」と言う人もいる。
くだらない人間関係に悩み、我慢することも仕事に含まれるのかもしれない。
お金を稼ぐことは大変だ。
それくらいは…我慢しないと。
「寄らば大樹の陰」、私の嫌いな言葉であるが、賢く生きるには、ぜひとも覚えておいてほしい。
こんな気持ちになりたくなければ、とにかく出世するまでは「偉大なるイエスマン!」になることだ。
自分の信念や正義感は完全に封印して。
ただただ、出世するまで忍の一文字である。
上になってから、自分の信念を貫けばいい。
人がいい人、つまり人間性のいい人は、これができないかもしれない。
ならば、開き直って自分の正義を貫けばいい。
もしかすると、出世を諦めた人が一番強くて幸せなのかもしれない。
力こそ正義!出世しろ!
職場の小さいコップの中で、醜い権力争い。
くだらないですよね。
正義なき力を振りかざす奴は、ほっときましょう!