仕事編

一喜一憂しない

男子フィギアスケートの羽生結弦選手がショートプログラムで8位スタートとなった。

削れた穴にはまり、最初のジャンプが飛べなかったのだ。

これまでメダル確実と言われながらメダルを逃した選手がたくさんいるなかで、羽生選手は「金メダル二連覇」をはたしている。

努力はもちろんだが、才能やセンスに加えて「強運の持ち主」だと思っていたのだが…。

フリーで4回転アクセルを飛んで、挽回してほしい。

一発勝負というものは、何が起こるかわからない。

前日の男女混合スキージャンプでは、高梨沙羅選手が失格となった。

この失格には納得いかないものもあるが、これも一発勝負なのでどうしようもない。

オリンピックまでの4年間、もっと言えば競技を初めてから何年もの間、並々ならぬ努力を続けてきたのだから、言葉に表せないくらい悔しいだろう。

考えてみれば、各級学校の試験でも会社の採用試験でも一発勝負

受験当日に自分のベストが出せれば悔いはないが、外的要因で結果を出せなかったときは、あまりにも悔しすぎる。

採用試験では「世が世なら」ではないが、その時の情勢でバブル期もあれば氷河期もある。

氷河期に難関をクリアした者は、バブル期に入った者より努力した分、知識や考える力等のポテンシャルが高いだろう。

競争率が高い時に、試験で合格した者も同じだ。

そんな難関をクリアした者は、職場等でエリートになりそうなものであるが、そうならないのが世の常だ。

正論や斬新なことを言っても、のほほんと入った大多数の者が、それを理解できないし、理解しようともしない。

マイノリティな意見は、たとえ正論であっても多数決のもとに潰される。

それだけではなく、その人自体もめんどくさいヤツと思われて疎外されるのだ。

理不尽ではあるが、どんな世界にもあることだから仕方がない。

悔しさをバネに、組織を離れて個人事業に転向すれば、ポテンシャルをフルに発揮して成功できるであろう。

4年に1回のオリンピックでは、色んな要因で力を出しきれずに競技を終える人もいる。

そんな中でも、メダルを期待されてそれに応えられなかった選手が謝罪するのは、気の毒としかいいようがない。

周りが結果に対してとやかく言うことではないし、一番悔しいのは、誰よりも本人なのだから。

4年に1回の一発勝負で決まるオリンピックを見ていると、日々の成果に「一喜一憂」することが愚かなことに思える。

商品を売るにしても、努力して真剣に作ったものであるならば、一喜一憂して、喜んだり落ち込んだりする必要はない。

職場でノルマグラフを毎日更新するようなことは、毎日ピリピリしたプレッシャーのなかで心の余裕が失われてしまう。

もちろんノルマを課さないと、全くやらない「怠け者」がいるのは確かであるが…。

サンスベリアでリラックス

一発勝負ではないのだから、日々一喜一憂しないで大きく構えていたほうが心に優しい!

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