日常 雑記

大地震と中森明菜

先日(6/20)、石川県珠洲市で震度6弱の地震があった。

その数日前には、徳島県でも震度4の地震があり、うどん県(香川県)でも震度3の揺れを観測したばかりだ。

南海トラフ地震の脅威が増してくる。

反面、「また地震か」と慣れたような感覚もある。

発生地が遠い場合には、「他人事」のように感じることさえある。

自分自身に影響がない場合は、気にはなるが、ずっとテレビを見て状況を見守ることもない。

さらに言えば、予定されていたテレビ番組が中止になると、残念な気持ちイラつく気持ちが交錯する。

過去の未曾有の大地震の教訓を得て、避難要領や耐震化が進んでいるので、安心感があるのかもしれない。

それもあって、報道等が過剰に思えてしまうのだ。

「災害は忘れた頃にやってくる」から、頭の片隅には置いておかなければいけないのだが…。

なぜこんなことを思ったかと言うと、地震があった日に、「中森明菜スペシャルライブ」のテレビ放映が延期になったからだ。

中森明菜は中学時代からのファンで、今でも車でベストアルバムを聴いている。

やはり、歌唱力はピカ一だ。

最近の音楽もたまに車で聴くが、アラフィフの私は、中森明菜レベッカTHE BLUE HEARTSの順で聴いている。

ご承知のとおり、中森明菜は表舞台に出なくなって久しい。

昔の映像は、今やユーチューブでいくらでも見ることができる。

それでもテレビ放映されると聞いて録画予約していた。

最近はテレビもあまり見ない中で、昨夜、楽しみにしていた中森明菜のライブを見ようと思ったら。

地震のために延期になっていた。

まあ、こればかりは仕方がない。

大きな地震が発生したのだから、そちらを優先するのが常識的である。

まして、NHKなのだから。

これでそのまま放映していたら、NHKだけでなく、間接的に中森明菜も批判されることになりかねない。

賢明な判断である。

今度の放映(6/30?)を楽しみにしておこう。

さて、災害への備えであるが、「地震がいつ来るかわからない」という恐怖はある。

それでも、「慣れ」から危機感は薄れているように感じる。

東日本大震災の直後には、地元の訓練や非常食の用意等も真剣に取り組んだものだ。

それが、時が経つにつれて(危機意識を)忘れてしまったようだ。

いつ起こるかわからないものに対して、真剣に取り組んでいる人たちを見ると、「冷ややかに」思う人もいるかもしれない。

「そこまで(訓練等)しなくてもいいだろう」と辟易とする人もいるだろう。

何事でもそうだ。

誰しも「目先のこと」が最優先になる。

開運のためにやっている「断捨離」でもそうだ。

やっている本人と周囲とでは、大きなギャップがある。

「いつ効果が現れるかわからない」

「効果があるかどうかもわからない」

「他にやるべきことがあるだろう」

「やりたい人が(一人で)やってくれ」

「巻き込むな」

やっていない人からすれば、このように思っても仕方のないことだ。

それはそうだ。

目の前のことに一生懸命なのだから。

だから、「災害の備え」でも「断捨離」でも、自分自身が信じて行動すればいい。

周りを巻き込んでイライラしたり衝突する必要はないのだ。

良かれと思ってやったことでも、感謝されるどころか「仇となる」ことは腐るほどある。

それでイライラしたり、気分を害していては「効果も半減する」というものだ。

良かれと思うことは、一人で自信を持ってやって「陰徳」を積めばいい。

軽くドライブして、気分よく中森明菜の歌を聴こう!

地震があった地域の方々の安全をお祈り致します。

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