久しぶりに、某回転寿司屋へ。
一時期、月一で通っていたが、
並んで待つのが面倒?
値段が高くなった?
よくわからないが、遠ざかっていた。
久しぶりの感想は?
開店前、お店の中で待てるようになっていた。
店員さんに聞くと、
「夏、外で並んで待ってもらうのは気の毒なので」
とのこと。
ありがたいサービスだ。
それに、なんだか懐かしい気分。
料理?
味?
それとも雰囲気?
よくわからないが、
幼少期に食べたもの。
誰かの顔。
あの頃。
そういうものが懐かしく思い出されるのは、いいお店の証左なのかもしれない。
さて、今回はご馳走になった。
毎回、
「遠慮なく!」
と言われるが、たぶん、これまで遠慮したことはない(笑)
それでも、幼い頃から、
「遠慮」
「謙虚」
「品性」
そういうものを求められてきたような気がする。
そうすることが、正しいとも思っていた。
でも、今になって思う。
それを盾にして、
自分の本音から逃げてきたこともあったのではないか。
言いたいことを言わない。
嫌なことがあっても、No!と言わない。
やってみたいことがあっても、チャレンジしない。
真面目で、いい人でいる。
それは、悪いことではない。
でも、
「真面目でいなければ」
「いい人でいなければ」
と考えることで、やらない理由をつくっていたのかもしれない。
そして、そんな真面目でいいやつほど、
苦しくなることもある。
実にもったいない。
食事でいえば、自分がご馳走する時は、
遠慮せずに食べる。
好き嫌いをハッキリ言って食べる。
とびきりの笑顔で、「美味しい」と言う。
遠慮されるより、笑顔になってくれるほうが気持ちがいいものだ。
たぶん、他のことでも同じだろう。
本音を隠して、
「謙虚でいなきゃ」
と、自分を小さくする必要なんてない。
もちろん、誰かに迷惑をかけていいという話ではない。
でも、迷惑でもなんでもないことまで、
「遠慮しておこう」
と引っ込めてしまうのは、やはりもったいない。
遠慮せずに、好きなことをやってみよう。
言いたいことがあるなら、言ってみよう。
やってみたいことがあるなら、やってみよう。
今まで「いい人」でいようとして、逃げてきたこともある。
だから、これからは少しくらい、自分の本音に正直でいよう。
そのほうが、人生、きっと面白い!
ということで、今回も遠慮なく、お寿司をいただいた。
「もう一皿いい?」
そんなことは一切聞かずに、タブレットに入力するのみ。
便利なアイテムも、私の味方だ(笑)

人生、ここからでいい。: 笑って、気づいて、ちょっと前を向く。何気ない毎日に見つけた、小さな発見

今の自分にふさわしいか: 自分・言葉・暮らし・人間関係・お金を整える、たった一つの問い



