「感謝」の反対は、なんだろう?
そうだ。
「当たり前」だ。
この「当たり前」は、慣れや他人との比較によって生まれる。
そして、気づかないうちに感謝を忘れてしまう。
それが、不平不満や愚痴に繋がり、ときには劣等感にまで発展する。
だから、感謝できるものを数えてみよう。
当たり前だと思っていることは、本当は、当たり前じゃない。
偶然が重なった、奇跡みたいなものだ。
心から感謝できるようになると、不平不満や愚痴は自然と減っていく。
すると、不思議なことに、周りの見え方も変わり、「感謝できる出来事」が増えてくる。
結果として、「運気が上がった」ように感じる人も多いだろう。
ただし、これは誰かに強制するものではない。
感謝するかどうかは、完全に個人の自由だ。
さて、ここからは、すでに「感謝」を意識できている人に向けて。
人は、承認欲求の塊だ。
褒められたい。
認められたい。
よく見られたい。
多くの人が、これを目標にして、いつの間にか縛られている。
じゃあ、聞きたい。
自分を、自分で褒めている?
周りからは褒めてほしいのに、自分自身には、やたら厳しくなってない?
「だって、褒めるところなんてないし…」
いや、ある。
めちゃくちゃ、ある。
朝ごはんを食べた。
歯を磨いた。
勉強した。
働いた(お手伝いした)
掃除した。
お風呂に入った。
子どもの頃なら、褒められていたことだ。
でも大人になると、誰も褒めてくれない。
「俺、朝ごはん食べた!」
なんて言ったら、
「はぁ?」で終わる。
「いい病院、紹介しようか?」
そんな冗談すら、言ってもらえない。
それは、大人が「当たり前」をやっていることが、完全に無価値扱いされる世界だからだ。
だからこそ、自分で言ってあげればいい。
「よくやったね」 と。
そんな当たり前のことで?
そうだ。
当たり前だと思っていることは、当たり前じゃない。
今日もちゃんと生きた証拠だ。
感謝に、もうひとつ足すなら。
感謝+自分を褒めること。
これだけで、心はずいぶん軽くなる。

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