自治会の当番で、ご近所さん宅を訪問。
田舎ならではの風習であり、10軒ほど配布物(と集金)に回る。
面倒だと思うこともあるが、何年かに一度のことなので、グダグタ言うことはない。
面倒だと思いながら回ると、(集金もあって)面倒な顔をされる。
仕事でも何でも同じだ。
面倒だと思ってやると、めんどくさいことが「おまけ」に付いてくる。
グリコのおまけとは、訳が違う。
(※グリコはおまけがメイン)
だから、楽しい行事だと思えばいいのだ。
そうすると、労いの言葉や家庭菜園の野菜をいただくこともある。

安心感を育てる習慣: 美しい目標を掲げろ
さて、今回ご機嫌で回っていると、ご近所さんのヤギ🐐ちゃんに出迎えられた。
春先より、大きくなっている。
『ヤギちゃん!』
と声をかけると、笑顔で寄って来た(たぶん)。
高いところに居たヤギ🐐ちゃんも、寄って来た。
(※私は高所恐怖症なのに)
手土産を持って来てなくてゴメンよ。
このヤギ🐐ちゃんたち。
草刈りが厳しくなった高齢者宅や、自衛隊、会社などでかなりの需要があるらしい。
雑草対策だけでなく、『癒し』(触れ合い)のお仕事が。
それで、本格的にヤギ🐐を貸し出しする事業を始めたらしい。
(※これから試行錯誤しながら)
ヤギ🐐ちゃんたち、たくさんの人に必要とされているのね!

整えると人生は勝手に動き出す: 笑顔で整える 人生の逆転劇
そんな、たわいもない日常の一幕であるが、これを記事にして需要なんてある?
ノート(Orブログなど)記事では、
誰かの
「ためになること」
「気づきになること」
「救いになること」
など、「いい記事を書かなければ」と気負うことがある。
(※いつも書けていないが🤭)
でも、そんなにハードルを上げる必要はない。
誰かひとりでも、『ほっこり』してくれれば、それでいいのだ。
自治会の当番も、誰かに必要とされている。
ヤギ🐐ちゃんたちも、誰かに必要とされている。
何の取り柄なもない(と勘違いしている)人も、誰かに必要とされている。

そのままのあなたで素晴らしい: 大丈夫 あなたには価値がある






