庭先に、タンポポが咲いていた。
これまであまり気にも止めなかったが、黄色の花があまりにも美しく、写メを撮った。

桜が最高にキレイだったが、タンポポもキレイだ。
ということに、改めて気づかされた。
ナンバーワンでなくてもいい。
もともと特別なオンリーワン。
「世界に一つだけの花」の歌詞のとおりだ。

……と言いたいところだが、現実はそう単純でもない。
例えばゴルフ。
ドライバーの飛距離なら、同組ではほぼ負けない。
だが、パターになると、人より何回も打つ。
トータルで見れば、スコアは大したことはない。
ナンバーワンでもなければ、胸を張れるオンリーワンでもない。

まぁ、それでもいい。
凄くないのは、「どちらでもない」と思うことだ。
そもそも、結果や他人の評価に振り回される必要はない。
一人でも、認めてくれる人がいれば十分だ。
『一人もいない・・・』
いるじゃないか。
一番の味方である「自分」が。
自分が認めれば、自ずと認められるようになる。

さて、このタンポポであるが、ふと夕方みると、花が消えていた。
え?
なんで?
踏んだ記憶はない。
天才のAIに聞いてみると、
鳥、小動物などが怪しいと。
花だけがないのなら、ウサギ、鹿などの名前が挙がった。
こちらは奈良公園ではないので、鹿は「シロ」だ。
となると、ウサギか?
張り込みをするか、防犯カメラを設置するか?
いや、そのままでいい。
だれが食べたにしろ、これは「循環」というものだ。
タンポポも必要とされているのだ。
今がどんな自分であっても、誰かに必要とされている。

がんばってきた自分をもう責めない: 50代で気づいた心が軽くなる生き方